B01 宇宙マイクロ波背景放射の広天域観測で探る加速宇宙と大規模構造

研 究 概 要

研究目的等

本計画の目的は、宇宙が誕生してからおよそ38万年後に生成された「宇宙最古の光」である宇宙マイクロ波背景放射(Cosmic Microwave Background、以下CMBと略す)を広域にわたり精密観測し、加速宇宙の本質を実験物理学の立場から探求することである。特に、現代宇宙論最大の課題であるインフレーション宇宙仮説の検証をかつてない精度でおこなうことが主たる狙いである。インフレーションの最も重要な予言は、量子ゆらぎに起因した重力波(原始重力波)の生成である。重力波は時空のゆがみの時間変動が波として伝わる現象であり、その時空内で起こる物理現象へ影響を及ぼす。特に、原始重力波はCMBの直線偏光パターンに渦(Bモード)を刻印したと考えられている。本研究ではこれを検証し、インフレーションの背後にある究極物理法則を実験・観測により検証する新時代を拓く。また、重力レンズ効果に起因するCMB偏光度を観測し、ニュートリノや宇宙の暗黒成分などに関するユニークな情報を得ることも重要な目的である。これらの目的のために、本計画研究では、(1)地上望遠鏡Simons Array(SAと略す)での観測、(2)LiteBIRD計画に代表される2020年代の衛星観測の技術成熟度を高める開発研究、という二つの柱をたてて研究を推進している。またそれらを通して他の計画研究と深くつながることにより、共著論文を出版している。

SAに関しては、三台の望遠鏡が設置され、受信機製作と試験も着実に進んでいる。前景放射除去のために当初予定の90, 150, 220GHzに加え、270GHzの観測も行う事を決定した。さらに、POLARBEAR実験で取得した偏光変調器を用いたデータの解析結果を発表し、数分角の分解能を持つ地上望遠鏡でインフレーションの検証に必要な広天域大角度観測が実現可能であることを世界で初めて示した。衛星観測の技術開発では、LiteBIRD衛星の要求分析・概念設計、光学系の設計、宇宙用偏光変調器の基礎開発、宇宙線の影響を緩和する新しい超伝導検出器デザインとその試験装置開発等を進めた。米国側が担当する検出器の開発、および読み出しエレクトロニクスの開発に若干の遅れがみられるものの、日本側が本計画研究で担当する部分については、全般的に順調に進行しており、ほぼ当初に想定したものと同程度の達成度である。

今後の研究計画・方法等

主担当者のうち、研究分担者にはタスクに専念する研究員(計5名)を配置し、ユニットとして共同で研究を進めていく。また、石野、片山、羽澄、満田が指導する大学院生(計15名程度)も参加して修士論文、博士論文のテーマとしてこれらのタスクに従事する。カリフォルニア大学バークレー校(Adrian Lee教授)、サンディエゴ校(Brian Keating教授)を中心とした国際協力も併せて推進する。

計画研究としての目標(「研究目的」の項を参照)を達成することを基盤とし、それに加えて他の計画研究との連携による相乗効果を示す論文を生産していく。特にA01及びD01との連携を強化し、観測結果からインフレーション理論への制限を得る方法についての共同研究を今まで以上に強力に展開していく。領域全体シンポジウムを契機として、現在4つのサブプロジェクトが進行中であり、この程度の数を常に維持していく。

平成29年度には、SAによる初期観測を開始する。LiteBIRD衛星に関しては、前年度に引き続き機能実証モデル(BBM)設計を行い、開発を進める。光学系コンポーネント、読み出しエレクトロニクス、冷凍機制御システムについてこれを進めていく。そのための概念設計を進めていく。さらに、A01班やD01班との共同研究により、LiteBIRD衛星の観測でどのようなインフレーションモデルが制限できるか検討し、論文を発表する。

平成30年度〜31年度には、SAで3台の望遠鏡による観測を本格化させ、初期観測結果を発表する。A01班、A02班、A03班、C01班、D01班と連携し、観測結果の宇宙論的な意義についてまとめる。さらに、LiteBIRD衛星の検討については、BBM開発を完了するとともに、本計画研究における検討結果をまとめた論文を発表する。

研 究 目 的

【学術的背景:インフレーションと原始重力波】宇宙誕生の瞬間とは?宇宙・時空をつかさどる究極の物理法則とは?これらは人類にとって根源的な問いであり、その解明は科学のグランドチャレンジの一つである。通常、「火の玉」状態のビッグバンが宇宙のはじまりと説明されるが、研究の最先端は、いまやそれ以前の宇宙を科学の目で捉えようとしている。熱いビッグバン以前についての有力な仮説がインフレーション宇宙論である。宇宙が「火の玉」になる前に急激に加速膨張したという仮定により、ビッグバン理論の諸問題を見事に解決できるが、直接の証拠となる量子ゆらぎに起因した重力波(以後原始重力波という)は未だ検出されていない。原始重力波の発見なくしてインフレーション仮説の証明は完結しない。

【科学的動機1:原始重力波によるCMB偏光Bモード】原始重力波が宇宙の晴れ上がりや宇宙再電離の時期に宇宙を満たしていると、「宇宙最古の光」であるCMBの直線偏光パターンに、渦(「Bモード」)が刻印される。代表的なインフレーションモデルでは、そのエネルギースケールE0が大きいほど原始重力波の強度パラメータr(テンソル・スカラー比) が大きく、Bモードはより鮮明に観測される。E0 = 1.061016  (r/0.01)1/4 [GeV]が成り立つ。1016 GeVは力の大統一理論のエネルギーに相当する。Bモードにより探れるエネルギースケールは現在の最高エネルギー加速器LHCの1兆倍に達する。Bモード観測は、インフレーションの証明になるとともに、従来は不可能とされた超弦理論などの究極理論候補の検証を可能とする。

【科学的動機2:重力レンズによるCMB偏光Bモード】原始重力波Bモードは、宇宙論的な大きさ(大角度)のゆらぎを持つ。一方、より小さな角度スケールでは重力レンズによるBモードも存在し、その観測は、ニュートリノや宇宙の暗黒成分などについてのユニークな情報を与える。特に、ニュートリノ質量和Σmνの精密測定により、正常階層か逆階層かを決定できる可能性がある。
【本研究テーマの学術的な特色と独創性】原始重力波の探索法として複数の方法が提案されているが、CMB偏光Bモードの感度が圧倒的に高く、発見が期待できる唯一の手段である。観測の本質は、CMB自体が大自然の用意した原始重力波記録装置として働く点にある。晴れ上がり以前は不透明であり電磁波で見ることはできない、という常識を打ち破れる理由がここにある。CMBを実験道具として電磁波観測装置で重力波を観測する、という発想が、本研究テーマの独創的な点である。

【研究の全体構想】本計画研究代表者は、代表的な単一場インフレーションモデルの検証を目的として、地上観測を経てLiteBIRD衛星を2020年代に打ち上げるロードマップを2008年に提唱した。rの測定誤差δr について地上でδr < 0.01、衛星でδr < 0.001を目標とした。ロードマップの特長は、地上観測が結果として衛星の準備になるという相乗効果である。本計画研究は、(1) 地上望遠鏡Simons Array(SAと略す)の観測、(2)LiteBIRD計画に代表される2020年代の衛星観測の技術成熟度を高める開発研究、の二本柱を持つ。

【これまでの観測成果と経緯】LiteBIRDは2000個を上回る超伝導検出器を宇宙空間で運用する必要があり、地上での相当数の運用経験は必須である。本計画代表者は国際共同実験QUIETとPOLARBEAR-1(PB-1と略す)をチリ・アタカマ高地で推進し成果をあげてきた。特にPB-1ではPlanck衛星の10倍以上の精度(およそ5μK-arcmin)のCMB偏光マップを得て、CMB偏光の情報のみを用いて重力レンズBモードを観測することに成功した。更に、本計画代表者はPB-1の感度を大幅に改善するPOLARBEAR-2計画(PB-2と略す)を提唱し、科研費新学術領域「宇宙創成の物理」(H21-H25)で技術開発を進めた。H26に採択された科研費基盤研究(S)(H26-H30)で観測の準備を進めている。SAは3台の望遠鏡で同時観測を行う点がPB-2単独とは大きく異なる点であり、多くの観測周波数により前景放射を除去できる。

【研究期間内の目標】SAで全天の10%以上の広天域を観測し、現在のrの制限値(r < 0.09, 95%C.L.)を改善する。フルサクセス基準はδr < 0.01 とする。Σmνについても従来の制限値を改善する(フルサクセス基準はσ(Σmν) < 100 meV)。LiteBIRDに代表される衛星計画の技術成熟度を高める開発研究を推進する。鍵となる技術(超伝導検出器、光学系コンポーネント、読み出しエレクトロニクス、冷凍機制御システム)の技術実証モデル(BBM)を開発・試験し、エンジニアリングモデル作成の準備を終える。

【領域内での有機的な結合】本計画研究はA01とC01(超弦理論から、インフレーション理論を導き、そのパラメータまで予言できるか?)D01、A02、A03(相補的な観測データを如何に結び付け、宇宙の大規模構造を理解するか?)と、またそれらを通して他の計画研究と深くつながっている。科学的な繋がりだけでなく、研究者の繋がり、研究拠点間の繋がりも有機的であり、共著論文を生産していく。

現在までの研究経過

【Simons Array(SA)の進展】
三台の望遠鏡が設置され(図1)、受信機製作と試験も着実に進んでいる。前景放射除去のために当初予定の90, 150, 220GHzに加え、270GHzの観測も行う事を決定した。これらの4つの周波数における観測に加えて公開されているPlanck衛星の353GHzのデータを用いることにより、目標としているr~0.01程度までの探索が可能であることをシミュレーションで示した。さらに、POLARBEAR実験で取得した偏光変調器を用いたデータの解析結果を発表し、数分角の分解能を持つ地上望遠鏡でインフレーションの検証に必要な広天域大角度観測が実現可能であることを世界で初めて示した。

図 1:設置が進むSimons Array望遠鏡(チリ・アタカマ)

【衛星観測の技術開発に関する進展】
衛星観測の技術開発では、LiteBIRD衛星の要求分析・概念設計、光学系の設計、宇宙用偏光変調器の基礎開発、宇宙線の影響を緩和する新しい超伝導検出器デザインとその試験装置開発等を進めた(発表論文2-6、8)。特に、観測成功の鍵を握る宇宙用偏光変調器の開発に注力した。図2に、試作した偏光変調器を用いた偏光効率の測定結果を示す。50GHzから250GHzまでの幅広い帯域で、高い変調効率が得られている。これを実現するために、サファイア表面にモスアイ加工を施す新しい技術を導入した。

図 2:大口径の望遠鏡と偏光変調器の組み合わせによる観測結果(赤線)。変調器がない場合(緑線)より大きく改善されている。

LiteBIRD衛星計画は、本計画研究による成果に基づき、2016年9月より、JAXA宇宙科学研究所の概念設計フェーズ(Phase-A1)を開始することができ、米国、ヨーロッパからの参加者も含めた国際共同チームが組織されつつある。

【理論班との相乗効果】
理論家との共同研究により、LiteBIRD衛星で観測可能な新しい物理量の提案、観測精度・意義に関する論文を発表し、本領域の相乗効果を示した。(発表論文7、9)。CMB偏光Bモードの大角度の揺らぎが観測できた時、通常は真空の量子揺らぎの観測に成功したと結論できると期待されている。しかし新しい素粒子を含む特殊な理論では、類似の信号を真空の量子揺らぎなしで生成でき、二点相関を観測する従来の方法だけでは識別が難しい。本研究では、LiteBIRD衛星によるBモードの三点相関に着目し、その観測が二つの異なるケースを識別できる可能性があることを示した(図3)。これは、将来の衛星計画で真空の量子揺らぎを確立するためには必ず行うべき観測を新たに定義したことを意味している。

図 3:真空の量子揺らぎによるBモード二点相関の予想(オレンジの線)と、新しい素粒子の効果による予想(緑線)。宇宙分散が大きいため、両者の識別が難しい。LiteBIRDの観測でBモードの三点相関を用いると、3.6σの統計的有位度で両者を識別できる。

現在までの研究の評価

【全般的な達成度】
地上観測プロジェクトSimons Arrayに関しては、米国側が担当する検出器の開発、および読み出しエレクトロニクスの開発に若干の遅れがみられるものの、日本側が本計画研究で担当する部分については、全般的に順調に進行しており、ほぼ当初に想定したものと同程度の達成度である。将来の衛星計画、特にLiteBIRD衛星計画に関する進展も、偏光変調器の基礎開発の進展(現在までの研究経過参照)が順調であり、当初の予定に沿っている。理論的計画研究(計画研究A01など)との連携により加速宇宙の本質を探求するという点に関しては、共同で論文を出版し、新しい知見を世に出すことができたので、これも当初の狙い通り、領域としての相乗効果が出せている。

以上から、全般に、研究は期待通り進行している。

【研究遂行上で生じた問題点等】
平成27年度、平成28年度ともに、予算の繰越を必要とした。まず、平成27年度は、平成27年12月までに衛星焦点面検出器アレイ、CMB観測機器性能評価システムおよび読み出しシステムの仕様の決定を行い、平成28年3月までにCMB観測機器性能評価システムを完成させる予定であった。しかし、平成27年10月に、国際共同研究にて米国側が担当する焦点面検出器の仕様策定の過程で、当初の予測に反し、前景放射による感度悪化のため想定した焦点面のデザインで得られる感度が本研究の目標達成には不十分であると判明した。そのため、焦点面性能の再評価を行い、焦点面仕様の見直しを行う必要が生じた。CMB観測試験装置と付随する読み出しシステムの仕様決定と構築には焦点面仕様が必要なため、装置の仕様決定と購入に遅延が生じた。この問題の解決には時間を要したため、CMB観測試験装置の開発は、冷凍機関連に関してのみ予算執行し、宇宙線を模擬するシステムや読み出しシステムの構築は、予算を繰越して行うこととした。

幸い、焦点面仕様の見直し作業は進展を見せており、今年度はCMB観測試験装置と付随する読み出しシステムの仕様決定と構築を行うことができる見通しである。したがって、最終年度までに達成する試験項目を減らす必要はない見通しである。

今後の研究計画・方法

【全般的な方針】研究方法と研究体制の概要を図4に示す。主担当者のうち、研究分担者にはタスクに専念する研究員(計5名)を配置し、ユニットとして共同で研究を進めていく。また、石野、片山、羽澄、満田が指導する大学院生(計15名程度)も参加して修士論文、博士論文のテーマとしてこれらのタスクに従事する。カリフォルニア大学バークレー校(Adrian Lee教授)、サンディエゴ校(Brian Keating教授)を中心とした国際協力も併せて推進する。

計画研究としての目標(「研究目的」の項を参照)を達成することを基盤とし、それに加えて他の計画研究との連携による相乗効果を示す論文を生産していく。特にA01及びD01との連携を強化し、観測結果からインフレーション理論への制限を得る方法についての共同研究を今まで以上に強力に展開していく。領域全体シンポジウムを契機として、現在4つのサブプロジェクトが進行中であり、この程度の数を常に維持していく。

【平成29年度】平成28年度の繰越案件(「現在までの研究の評価」の項を参照)を確実に終結させるとともに、地上望遠鏡計画SA及び、LiteBIRD衛星の概念設計と基礎開発を進めていく。SAについては、望遠鏡に少なくとも一台の受信機を設置し、観測・データ解析を開始する。
LiteBIRDに関しては、前年度に引き続き、BBM設計を行い、開発を進める。光学系コンポーネント、読み出しエレクトロニクス、冷凍機制御システムについてこれを進めていく。そのための概念設計を進めていく。

特に、実機サイズの偏光変調器の試験を進めて、技術成熟度5相当(JAXAの定義による)で要求される検証試験の大部分を完了させる。超伝導検出器に関しては、0.1Kでの性能評価ができるLiteBIRD専用のシステムにより、サンプルの試験を行う。特に宇宙線が検出器に入射することによるグリッチの発生および温度の微小変化を、アルファ線を用いた模擬環境にて測定する。また、耐放射線性を早い段階で確認することは宇宙での応用で必須となるため、放射線医学総合研究所の照射設備HIMACを用いて、LiteBIRDで使用予定の物質のサンプルに対する放射線照射試験を前年度に引き続いて行い、照射前後での性能劣化がないかどうかを確かめる。さらに、新しくデザインされた焦点面検出器デザインに基づいた、前景放射除去、系統誤差評価、観測方針決定に関するシミュレーションを進めて、新しいデザインがLiteBIRD衛星のフルサクセス(rの全誤差が0.001以下)を満たすことを示す。他の計画研究との連携として、A01班やD01班との共同研究により、LiteBIRD衛星の観測でどのようなインフレーションモデルが制限できるか検討し、論文を発表する。

【平成30年度】SAでは3台の望遠鏡による観測を本格化させ、初期観測データ解析を進める。特に、データ較正(偏光角度、電圧から放射温度への変換定数、超伝導検出器の時定数など)を完成させ、かつデータの妥当性チェックを行う。LiteBIRDについては実機サイズの偏光変調器の試験を完了する。また、CMB観測機器性能評価システムにより、宇宙線の影響を受けにくいデザインの超伝導検出器の宇宙線模擬試験を引き続き行い、結果を論文にまとめる。

【平成31年度】SAについては、初期観測に関する論文を投稿する。A01班、A02班、A03班、C01班、D01班と連携し、観測結果の宇宙論的な意義についてまとめる。さらに、LiteBIRD衛星に代表される2020年代の衛星計画についての基礎開発結果をまとめた論文を発表する。